シリンダ脱進機置時計打方ゼンマイ切れ修理+OH

古い置時計の打方のゼンマイの故障です。ゼンマイの修理もしくは交換であれば問題はないと判断して修理することとしました。時計が届き、機械をみると、調整・修理経験のないシリンダー脱進機であり修理を受けるか迷いました。受付時の時間は正確でしたがテンプの振りはおおよそ90°ぐらいでした。リスクはありましたが、脱進機調整はしない予定でゼンマイ修理を受けました。

 

フランス製の置時計

1878年製造

シリンダー脱進機

 

この時計は琺瑯の文字板に奥からアラーム設定棒、時針、分針の順で組みついています。文字板のガラスカバーはなく、時針、分針、アラーム設定棒は手で取り扱う構造です、アラーム予定時刻はアラーム設定棒を反時計方向にその時刻まで回すことで設定されます。つまり、アラーム設定棒がでている位置が裏側の目安カムの段差の位置と一致してます。アラーム設定棒を(そっと)時計方向にまわしていくと目安カムの段差が時針車の目安ピンにぶつかりそこで止まります。アラーム設定棒に合わせて時針を取り付けます。そうすることで目安ピンに合わせて時針を取り付けたことになります。時針がアラー抜設定時刻の位置(目安カムの段差の位置)までくると目安ピンが段差通過しアラームが鳴る仕組みです。

 

裏蓋の刻印の一部です。

GRAND PRIX DE L’HORLOGERIE 1878 

 

 

ゼンマイは幅8.5mm、厚さ0.2mm、約75cm、香箱真内端で1巻半で破断していました。代替ゼンマイがすぐに入手できなかったので破断部を熱処理して加工して再利用しました。打方ゼンマイ修理後のランニングでテンプの振り悪くなるという問題に遭遇しました。なんとか解決できましたがこの対応についてご紹介します。

 

<シリンダ脱進機の調整>

 

 

ゼンマイ修理完了後組み上げた後、テンプの振りが時々60°ぐらいに弱弱しくなることがあり、時間が1時間に1分程度と著しく進んだり、正常になったりという事象がおきました。左上写真の赤丸部でガンギ歯がシリンダに衝撃を与えながら動いています。顕微鏡で観察した結果、シリンダ部には著しい油汚れとシリンダの摩耗を確認しました。また、ガンギ歯は、写真を撮り忘れましたが、歯の表面に油が固着し茶色の皮膜におおわれていました。やむなく、手をつけない予定の脱進機部の分解、洗浄をおこないました。

 

写真のように汚れがなくなりますとシリンダの内壁、外壁にガンギ歯が長年、衝撃を与えたことによる深い摩耗溝ができていました。洗浄後はテンプの振りが60°付近で弱弱しい状態で時刻が進みました。このままではお返しできないので調整を行うことにしました。シリンダの摩耗が原因と考えました。ガンギ歯とシリンダの食い合いが摩耗分ゆるくなり、つまり、食い合いが浅くなりすぎていると考えました。そう考えたのは、下記の参考書の一つ、「時計学講和」に以下の記述を読んだからです。

アンド(シリンダーの別称)とガンギ歯の食い合いは、僅かの範囲なれば特記するほどではなけれど、浅きに過ぐる時は、ガンギ歯はアンドの内面に接せずして、端より端と飛び順当より早く力を伝え、所謂る天府は十分の運動をなさずして、チョロチョロと運動するのである。この欠点あるときは、速度早く不平均に機械が回転を行うこととなり、・・・・・

参考にしたシリンダ脱進機についての資料です。これらの古い本では無駄のない短い文で核心についてしっかり書かれているように感じます。おおいに参考になりました。

<参考資料> 

・日本時計学校 時計学技術講義録 第一巻 寺尾一十著(大正15年11月18日)

・日本時計学校 時計学技術講義録 第二巻 寺尾一十著(大正15年11月20日)

・時計学講和 植村恒三著(昭和2年2月1日発行)

 

一部のページを掲載させていただきました。このような本が新たに再発行されることを切に願います。時計を学ぶものとしてすばらしく有益な本であると信じます。また、古い本で見つけたシリンダ脱進機の説明図です。

 

 

修理内容:ガンギ歯とシリンダの食い合い調整

資料の中のチャリオットという部品に相当する部分がこの時計にもあります。テンプ一式を保持する一体機構(仮にチャリオットと称します)です。チャリオットには2本の足があり、地板の穴にはめ込み位置決めしています。この地板の2つの位置決め穴(径:0.7mm)のガンギ軸側を約0.1mm程度(という気持ちで)、やすりで削って、チャリオット全体をガンギ歯側に押しつけ、ネジで固定しました。その結果、食い合いの浅さが改善され、テンプ振り角は120°程度で安定した元気な心臓になりました。僅かの調整が思いのほか大きな反応として現れました。(もう少し削るとさらに力強くなるかもしれませんが、過ぎると食い合いが深くなりすぎ副作用がでるといけないのでここまでとしました。)

 

修理完了 2013-5-31